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自毛植毛の保存液で移植毛の脱落は減る?240人RCTのHTK-AD対リンゲル液を解説

自毛植毛の毛包保存液で術後の移植毛脱落は変わる?240人RCTでHTK-ADとリンゲル液を比較。効果量、P値、95%CI、最終生着率、有害事象、COI、国内承認との関係を整理します。

自毛植毛医師による医療情報レビュー済み公開日: 2026年9月10日更新日: 2026年9月10日公式情報確認日: 2026年9月10日

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目次

自毛植毛では、後頭部などから採取した毛包(グラフト)を、採取してから植え込むまで一時的に体外で保管します。この「体外にある時間」に毛包は血流から切り離されるため、乾燥、温度、虚血、酸化ストレスなどの影響を受けます。そこで手術中にどの保存液へグラフトを置くかは、術者にとって実務上の重要な工程です。

2023年に『Dermatologic Surgery』へ掲載された無作為化比較臨床研究では、240人を対象に、ヒスチジン・トリプトファン・ケトグルタル酸を基盤とし、ATP(アデノシン三リン酸)とデフェロキサミンを加えた保存液(HTK-AD)とリンゲル液(Ringer solution:RS)を比較しました。研究では、グラフトの組織学的状態や細胞生存性だけでなく、術後の移植毛の脱落、再発毛開始時期、最終的な生着率、合併症、患者満足度まで評価しています。[1]

結果の中で目を引くのは、3,000グラフト以上を移植した症例で、術後の移植毛脱落の発生率がHTK-AD群73.81%、リンゲル液群95%だったことです。差は21.19ポイントで、論文抄録ではP<0.05と報告されています。一方、最終的な生着率には両群で差がありませんでした。 つまり、この研究は「保存液を変えれば最終的に生える本数が増える」と証明した研究ではなく、主に術後早期の移植毛脱落を軽減し、再発毛開始を早める可能性を示した研究として読む必要があります。

この記事では、この240人RCTの研究デザイン、対象、比較、効果量、P値、95%信頼区間の扱い、有害事象、研究の限界、利益相反(COI)の確認状況、日本国内の承認との関係まで整理します。

先に結論|HTK-ADは早期脱落を減らしたが、最終生着率の上乗せは示していない

最初に、この論文から読み取れるポイントをまとめます。

項目研究結果・読み方
研究2023年 Dermatologic Surgery掲載、240人の無作為化比較臨床研究
比較HTK-AD保存液 vs リンゲル液
HTK-ADHTK+ATP+デフェロキサミン
主要な臨床所見3,000グラフト以上の症例で術後移植毛脱落73.81% vs 95%
絶対差21.19ポイント低下
P値抄録ではP<0.05
95%CI公開されているPubMed抄録には記載されていないため、本記事では推定しない
脱落開始HTK-AD群で遅かったと報告
脱落量HTK-AD群で少なかったと報告
脱落期間HTK-AD群で短かったと報告
再発毛HTK-AD群で早く始まったと報告
患者満足度HTK-AD群で高かったと報告
最終生着率2群で差なし
合併症評価項目には含まれるが、PubMed抄録では具体的な件数・群間差が示されていない
国内承認HTK-ADを「自毛植毛用保存液」として国内承認された製品とは、今回確認したPMDA情報からは確認できない

したがって、患者側の理解として重要なのは、「早い時期の抜け毛が少ない」ことと「1年後などの最終生着率が高い」ことは別のアウトカムだという点です。

そもそも自毛植毛の「保存液」は何のために使う?

FUEでもFUTでも、採取した毛包はその瞬間から血流を失います。採取直後にただちに植え込めるグラフトもありますが、数百〜数千グラフトを扱う手術では、採取から植え込みまで一定時間の待機が生じます。

体外にある毛包に対しては、

  • 乾燥を防ぐ
  • 浸透圧やpHなどの環境を保つ
  • 低酸素・虚血による細胞障害を減らす
  • 酸化ストレスを抑える
  • 物理的な変形を防ぐ
  • 植え込みまでの生存性を保つ

といった管理が重要になります。

過去の基礎研究でも、保存液の種類や保存時間、温度が毛包の細胞生存性に影響する可能性が報告されています。例えば2014年の研究では、生理食塩水、乳酸リンゲル液、独自保存液を比較し、保存液によって小さな毛包グラフトの生存性が異なる可能性が示されました。[2] ただし、こうしたin vitroの生存性と、実際の患者での最終毛髪密度や満足度は同じ指標ではありません。

今回のRCTはどんな研究?

対象論文は、Zhouらによる「Evaluation of a Novel Graft-Holding Solution in Hair Transplantation: A Randomized Controlled Clinical Study」です。2023年にDermatologic Surgeryに掲載され、PubMed PMIDは37036372、DOIは10.1097/DSS.0000000000003799です。[1]

研究デザイン

論文タイトルはrandomized controlled clinical study、つまり無作為化比較臨床研究です。240人が登録され、採取した毛包をHTK-ADまたはリンゲル液に保存して比較しました。

一方、今回公開状態で確認できたPubMed抄録だけでは、

  • ランダム化の具体的方法
  • 割付比
  • 割付隠蔽
  • 患者・術者・評価者の盲検化
  • 脱落者数
  • intention-to-treat解析か
  • 主要評価項目が事前に何と設定されたか

までは確認できませんでした。

「RCT」という研究形式は観察研究より因果関係を評価しやすい一方、ランダム化・盲検化・欠測処理などの詳細が分からなければバイアスリスクを十分には評価できないことには注意が必要です。

対象

登録患者数は240人です。全著者の所属は中国・広東省のSouthern Medical UniversityのNanfang Hospitalの形成・美容外科部門とPubMedに記載されています。[1]

公開抄録からは、年齢分布、男性・女性の内訳、AGAの重症度、FUE/FUTの詳細、平均グラフト数などをすべて確認できるわけではありません。そのため、この結果を「日本人男性のすべての自毛植毛へそのまま適用できる」とは言えません。

比較された保存液

対照はリンゲル液(RS)です。

介入側のHTK-ADは、

  • histidine(ヒスチジン)
  • tryptophan(トリプトファン)
  • ketoglutarate(ケトグルタル酸)を基盤とするHTK
  • adenosine triphosphate(ATP)
  • deferoxamine(デフェロキサミン)

を組み合わせた保存液です。

「HTK」という名前だけで一般的なリンゲル液と同じものと考えない方がよく、この研究ではATPとデフェロキサミンを加えた独自の組成が評価されています。

何を評価した研究なのか

この研究では、単に「最終的に生えたか」だけを見ていません。

組織学的評価

Masson染色を用いて、グラフトの組織構造を評価しました。

細胞生存性

live/dead stainingを用いて、細胞の生存性やアポトーシスに関連する状態を比較しました。

術後の移植毛脱落

移植後に一度毛幹が抜ける現象について、発生率、始まる時期、脱落量、脱落期間などを比較しました。

再発毛開始

術後に再び毛が伸び始める時期を比較しました。

最終生着率

長期的に移植毛が生着した割合を比較しました。

合併症

術後合併症も比較項目に含まれています。

患者満足度

患者側の満足度も評価されました。

このように、基礎的なグラフト状態、早期経過、長期生着、患者報告アウトカムを組み合わせた研究です。

結果1|3,000グラフト以上では術後脱落73.81% vs 95%

最も具体的な数字として抄録に示されているのが、3,000グラフト以上を移植した症例における術後の移植毛脱落です。

  • HTK-AD群:73.81%
  • リンゲル液群:95%
  • 絶対差:21.19ポイント
  • P<0.05

単純な絶対差としては、HTK-AD群で術後脱落が約21ポイント少なかったことになります。

ただし、ここで3つ注意点があります。

1. これは「全240人」の一律の数字ではない

抄録では「3,000グラフト以上を移植した場合」に有意差が示されたと書かれています。つまり、少なくとも公開抄録の表現上は大規模植毛のサブグループで強調された結果です。

3,000グラフト未満の患者で同じ差が出たのか、差がなかったのか、効果量がどの程度だったのかは、抄録だけでは分かりません。

2. 「脱落したかどうか」と「最終的に生着したか」は別

術後に移植毛の毛幹が一時的に抜けても、毛包が生きていれば後に再発毛します。

自毛植毛後の経過については、自毛植毛はいつ生える?1か月・3か月・6か月・1年の経過でも詳しく解説しています。

3. 絶対差は計算できるが、信頼区間は抄録から分からない

73.81%と95%の差は21.19ポイントですが、サブグループの各群人数が公開抄録には示されていません。

そのため、本記事では95%信頼区間を後付けで推定しません。

95%信頼区間がないと何が分からない?

P値は「群間差が偶然だけで説明されるか」を考える一つの指標ですが、P<0.05だけでは効果量の精度は分かりません。

例えば同じ21ポイント差でも、

  • 95%CIが非常に狭い研究
  • 95%CIが広く、真の効果が小さい可能性も大きい研究

では解釈が違います。

PubMedで確認できる抄録では、術後脱落73.81% vs 95%についてP<0.05は示されていますが、95%CIは記載されていません。[1]

さらに、3,000グラフト以上のサブグループの具体的な分母も抄録だけでは確認できないため、本記事では95%CIを独自計算して「論文の結果」のように見せることはしません。

これは論文の価値を否定する意味ではなく、公開情報から確認できる範囲と確認できない範囲を分けるためです。

結果2|脱落開始が遅く、脱落量が少なかった

抄録では、3,000グラフト以上の症例でHTK-AD群はリンゲル液群より、

  • 術後脱落の開始が遅い
  • 脱落量が少ない

と報告され、P<0.05とされています。[1]

ただし、公開抄録には「何日遅れたのか」「何本少なかったのか」といった具体的な平均差や95%CIまでは示されていません。

したがって、「HTK-ADなら何日間ショックロスを遅らせられる」と具体的な日数へ置き換えることはできません。

また、この論文で扱われているpostsurgical graft sheddingは、移植したグラフト由来の毛の術後脱落として理解する必要があります。周囲の既存毛が一時的に抜ける「ショックロス」と完全に同義として説明すると、患者に誤解を与える可能性があります。

既存毛を含むショックロスについては、自毛植毛後のショックロスはいつまで?で整理しています。

結果3|脱落期間が短く、再発毛開始が早かった

HTK-AD群では、術後脱落の持続期間が短く、再発毛開始も早かったと報告されています。これらも抄録ではP<0.05です。[1]

患者にとって、最終的な結果が同じでも、

  • 抜け毛が始まる時期
  • 見た目が一時的に薄くなる期間
  • 新しい毛が見え始める時期

は満足度に影響します。

「最終生着率だけが重要」と切り捨てる必要はありません。数か月間の見た目や不安の軽減も、患者中心のアウトカムとして意味があります。

一方で、再発毛が「早く始まった」ことが、1年後の毛数・密度・太さの上乗せにつながるとは限りません。

結果4|患者満足度は高かった

抄録では、HTK-AD群で患者満足度が上がったとされています。[1]

早期脱落が少なく、再発毛が早く見えれば、術後数か月の心理的負担が小さくなる可能性は十分考えられます。

ただし、満足度の評価方法、

  • 何段階評価か
  • 評価時期
  • 患者が自分の保存液群を知っていたか
  • 外観評価者が盲検化されていたか

などは抄録では確認できません。

満足度は重要ですが、盲検化されていない場合には期待効果の影響を受けやすい指標です。

結果5|最終生着率は「差なし」

この論文を読むうえで最重要なのがここです。

最終的な生着率には、HTK-AD群とリンゲル液群で差がありませんでした。[1]

これは、研究タイトルや「新しい保存液」という言葉だけから、

「HTK-ADを使えば最終的な生着率も上がる」 「リンゲル液だと定着しにくい」 「この保存液を使わないクリニックは不利」

と結論づけてはいけないことを意味します。

自毛植毛の最終結果には、保存液以外にも、

  • ドナー毛の選択
  • 採取時の毛包損傷
  • グラフトの乾燥
  • 体外時間
  • 保存温度
  • 植え込み時の圧挫
  • スリット・ホール作成
  • 血流
  • 植毛密度
  • 術者・チームの手技
  • 喫煙や全身状態
  • 術後管理

など多数の要素が影響します。

生着率そのものの考え方は、自毛植毛の定着率は何%?生着しない原因・成功率との違いも参考にしてください。

「細胞生存性が高い」=「最終生着率が高い」ではない

HTK-AD群のグラフトでは、組織構造が保たれ、live/dead stainingで細胞生存性が高かったと報告されています。[1]

これは保存液の生物学的効果を支持する所見です。

しかし、実際の臨床アウトカムでは最終生着率に差がありませんでした。

この違いは医学研究でよくあるポイントです。

代理指標

細胞生存性、組織染色、酸化ストレスマーカーなどは、治療メカニズムを理解するうえで重要です。

患者にとっての最終指標

一方、患者が最も知りたいのは、

  • 最終的に何本・何グラフト生着したか
  • 密度がどれくらい出たか
  • 生え際が自然か
  • 傷跡が目立たないか
  • 再手術が必要か

といった臨床アウトカムです。

代理指標が改善しても、最終臨床アウトカムが必ず改善するわけではありません。

3,000グラフト以上で差が出た理由は?

抄録では、大規模な3,000グラフト以上の植毛でHTK-ADの差が強調されています。

考えられる仮説として、大規模植毛では、

  • 手術時間が長くなる
  • 早く採取したグラフトの体外時間が長くなる
  • 多数のグラフトを同時に管理する
  • 虚血時間の影響を受ける可能性が高まる

ため、保存条件の違いが表面化しやすい可能性があります。

実際、論文著者らも長時間手術を要する自毛植毛での保存効果を論じています。

ただし、これは「3,000グラフトが医学的な境界値」という意味ではありません。2,900グラフトなら効果がなく、3,000グラフトなら突然効果が出るという性質の数字ではなく、研究内の解析上の区分として扱うべきです。

自毛植毛で必要な株数については、自毛植毛の密度は何株/cm²?自毛植毛のドナーは何株まで採れる?も参考になります。

研究の有害事象・合併症は?

論文のMethodsでは、complications(合併症)が群間比較の項目に含まれています。[1]

しかし、今回確認できたPubMed抄録には、

  • 合併症の具体的な種類
  • 発生人数
  • 発生率
  • 重篤な有害事象の有無
  • HTK-ADに特有の有害事象

の数値は掲載されていません。

そのため「有害事象はなかった」「HTK-ADは安全性が証明された」と断定するのは適切ではありません。

保存液は最終的にグラフトとともに患者組織へ微量持ち込まれる可能性もあるため、細胞生存性だけでなく臨床的な安全性評価も重要です。新しい保存法を評価するときは、効果と安全性の両方を確認する必要があります。

COI・研究資金は確認できた?

利益相反(COI)は、医療材料や薬剤、機器の比較研究を読む際に重要です。

今回、PubMedの対象論文ページと公開検索可能な記録を確認しましたが、PubMed抄録ページ上ではこの論文の利益相反声明や研究資金の詳細を確認できませんでした。

したがって、本記事では「COIなし」とは記載しません。

論文本文の最終ページやSupplemental Digital Contentに開示がある可能性がありますが、公開状態で全文のCOI欄を確認できなかったため、**COIは「確認不能」**として扱います。

これは直ちに「利益相反がある」という意味でも、「ない」という意味でもありません。単に、今回確認できる一次情報の範囲では判定できないということです。

HTK-ADの各成分は何を狙っている?

研究で用いられたHTK-ADは複数成分の組み合わせです。

HTK

HTKはhistidine-tryptophan-ketoglutarateの略です。組織・臓器保存で用いられる発想を応用し、虚血環境下で細胞を保護することが狙いと考えられます。

ATP

ATPは細胞のエネルギー代謝に関わる物質です。

日本ではATP製剤自体は医療用医薬品として存在し、PMDAのアデホス-Lコーワ注ではATP二ナトリウム水和物を有効成分とする製剤が承認されています。[3]

ただし、その国内承認効能は頭部外傷後遺症に伴う諸症状、心不全、筋疾患、耳鳴・難聴、慢性胃炎などであり、自毛植毛の毛包保存液としての使用は承認効能として記載されていません。

デフェロキサミン

デフェロキサミンは鉄キレート薬です。

日本ではデスフェラール注射用500mgとして承認製剤があり、PMDAではデフェロキサミンメシル酸塩が有効成分として示されています。[4]

一方、その承認用途は鉄過剰状態に対する鉄排泄促進などであり、自毛植毛のグラフト保存を目的とした承認ではありません。

したがって、「ATPやデフェロキサミンは日本で承認されている成分だから、HTK-ADも自毛植毛用として国内承認済み」と考えることはできません。

日本国内でHTK-ADは標準治療なの?

今回確認したPMDAの医薬品情報から、論文で使用されたHTK-AD組成を「自毛植毛用毛包保存液」として国内承認された製品であるとは確認できませんでした。

自毛植毛そのものも、国内では美容目的を中心に自由診療として行われます。手術中に使用する保存液の運用も、施設・術者の方針が異なります。

したがって患者がクリニックへ、

「HTK-ADを使っていますか?」 「リンゲル液なら定着率が低いのですか?」

と聞くときも、保存液だけでクリニックの質を判断しない方がよいでしょう。

保存液より先に確認したいクリニック選びのポイント

今回のRCTは興味深い研究ですが、自毛植毛の成績を決める要素は保存液だけではありません。

1. 採取方法と毛包損傷

FUEではパンチ径、進入角度、毛包切断率などが重要です。FUTではストリップ採取後の分離工程があります。

FUEとFUTの違いも参考にしてください。

2. 体外時間

どれほど良い保存液でも、グラフトを不必要に長時間体外へ置いてよいという意味ではありません。

3. 乾燥対策

毛包が乾燥すると損傷につながるため、採取から植え込みまで一貫した管理が必要です。

4. 植え込み時の物理損傷

鉗子で毛包を強く圧迫するなど、植え込み操作そのものでもグラフトは損傷し得ます。

5. デザイン

高い生着率でも、生え際の位置・毛流・単毛配置が不自然なら満足度は下がります。

自毛植毛の生え際デザインで詳しく解説しています。

6. ドナー管理

一度採取した後頭部の毛包は原則として元の場所には戻りません。将来のAGA進行を見越したドナー温存が重要です。

7. 術後フォロー

毛嚢炎、赤み、しびれ、ショックロスなどへの説明や対応も重要です。

保存液はこの全体工程の「一部分」です。

「生着率○%」という広告を見るときの注意

自毛植毛クリニックでは「生着率95%以上」「定着率98%」などの数字を見ることがあります。

しかし、生着率は、

  • どの患者を対象にしたか
  • 何グラフト移植したか
  • いつ評価したか
  • 写真評価か毛数カウントか
  • 分母を何としたか
  • 追跡できなかった患者をどう扱ったか

によって変わります。

今回のRCTでも、保存液で早期脱落には差があった一方、最終生着率に差はありませんでした。[1]

したがって「保存液Aを使用=生着率が必ず高い」という広告表現には慎重であるべきです。

リンゲル液は悪い保存液なの?

この研究でHTK-ADがいくつかの早期アウトカムで優れていたからといって、リンゲル液が「危険」「使ってはいけない」と結論づけることはできません。

実際、リンゲル液は毛包保存研究の比較対照として長く用いられてきました。[2][5]

また今回のRCTでも、最終生着率には差がありませんでした。[1]

保存液の優劣は、

  • 保存時間
  • 温度
  • グラフトサイズ
  • 手術規模
  • 植え込み速度
  • その他の手術手技

との組み合わせで評価する必要があります。

過去の研究でもATP・デフェロキサミンは検討されている

HTK-ADの発想は完全に突然出てきたものではありません。

1998年のin vitro研究では、200本のヒト成長期毛包を用い、通常の生理食塩水とATP-マグネシウム塩+デフェロキサミンを含む保存培地を比較しました。5時間保存後の培養で、実験群98%、対照群87%の生存率が報告されています。[5]

ただし、これは患者の頭皮上で1年後の生着を比較した臨床試験ではなく、in vitroモデルです。

今回の240人RCTは、こうした基礎的な保存液研究を臨床アウトカムへ近づけた点に価値があります。

一方、最終生着率に差がなかったという結果は、「細胞レベルの改善=長期臨床成績の改善」と単純にはならないことも示しています。

ほかの保存液研究はどうなっている?

毛包保存については、HTK-AD以外にも、

  • 生理食塩水
  • 乳酸リンゲル液
  • PRP
  • 培養液
  • 独自保存液

などが研究されています。

2019年のsplit-scalp研究では、自家血漿とリンゲル液を比較し、血漿側で毛髪数・密度などの改善が報告されました。[6]

2025年には、PRPに光熱刺激を加えた保存法をRinger lactateや生理食塩水と比較したproof-of-concept研究も報告されています。[7]

しかし、研究ごとに、

  • 保存時間
  • 温度
  • グラフト数
  • in vitroか臨床か
  • 評価時期
  • 主要評価項目

が違います。

複数の研究で「保存環境は重要」という方向性は支持されますが、特定の保存液をすべての患者の標準とするには、再現性のある臨床データがさらに必要です。

PRPを自毛植毛へ併用する研究については、PRP併用で自毛植毛の定着率は上がる?も参考にしてください。

この研究の強み

240人の臨床研究

毛包数本〜数十本だけを培養する基礎実験ではなく、240人を登録した臨床研究である点は強みです。

対照群がある

HTK-ADだけの術後成績を見るのではなく、リンゲル液と比較しています。

組織・臨床の両方を評価

染色による組織・細胞評価だけでなく、脱落、再発毛、生着率、満足度まで評価しているため、メカニズムと患者側の経過をつなげて考えられます。

最終生着率も報告

早期に有利な結果だけでなく、最終生着率に差がなかったことも抄録に明記されています。

これは研究結果を過度に拡大解釈しないうえで重要です。

この研究の限界

1. 公開抄録だけでは方法の詳細が不足

ランダム化方法、盲検化、欠測、解析集団などを十分確認できません。

2. 3,000グラフト以上のサブグループ結果が中心

明確な数値差が示されたのは大規模植毛症例です。サブグループ解析には偶然の差や多重比較の影響もあり得ます。

3. 95%CIを確認できない

P<0.05は報告されていますが、精度を評価するための95%CIがPubMed抄録にはありません。

4. 最終生着率に差がない

患者にとって最終的な毛数を増やす効果は、この研究では証明されていません。

5. 単一地域・施設の結果を一般化しすぎない

著者は同一施設に所属しています。日本のクリニック、異なる術式、異なるチームでも同じ結果になるかは別途検証が必要です。

6. COI・資金情報を公開抄録で確認できない

COIなしとは断定できません。

7. 合併症の具体数が抄録にない

安全性の比較を定量的に判断できません。

では患者にとってHTK-ADは重要なのか

現時点では、「知っておく価値はあるが、保存液だけでクリニックを選ぶべきではない」という位置づけが妥当です。

特に3,000グラフト以上の大規模植毛では、体外時間が長くなりやすいため、

  • 採取したグラフトを何に保存するか
  • 何℃で管理するか
  • 体外時間をどう短くするか
  • チーム内でどの順番に植え込むか

を質問する価値はあります。

ただし、HTK-ADを採用しているかどうかだけで、最終生着率や仕上がりの優劣を決める根拠はありません。

カウンセリングで聞くならこの7項目

保存液を含めた手術品質を確認したい場合、次のように聞くと実用的です。

  1. 採取したグラフトは何の液に保存しますか
  2. 保存温度はどのように管理しますか
  3. 予定グラフト数では、最初の採取から最後の植え込みまでどのくらいかかりますか
  4. 大量植毛で体外時間を短くする工夫はありますか
  5. 毛包切断率やグラフト損傷をどう管理していますか
  6. 生着率をどの時点・どの方法で評価していますか
  7. 生着不良が疑われた場合の再診・追加治療の方針はどうなっていますか

保存液名だけを聞くより、工程全体の説明が具体的かを見る方が有用です。

自毛植毛クリニックを比較するときは保存液以外も確認

自毛植毛は自由診療で、術式、グラフト単価、基本治療費、麻酔、術後フォローなどが施設ごとに異なります。

アスク井上クリニックは自毛植毛を提供している医療機関の一つです。保存液の種類や手術工程について知りたい場合は、実際のカウンセリングで自分の予定株数に即して確認してください。

湘南AGAクリニック新宿本院でも自毛植毛が行われています。術式や料金だけでなく、採取後のグラフト管理、予定グラフト数、術後フォローまで確認して比較してください。

広告CTAの有無は医学的な優劣を意味しません。特定の保存液を使っていることだけを理由に、当サイトが特定クリニックを医学的に推奨するものでもありません。

よくある質問

Q. HTK-ADなら自毛植毛の生着率は上がりますか?

今回の240人RCTでは、早期の術後脱落や再発毛開始などでHTK-AD群に有利な結果が報告されましたが、最終生着率は2群で差がありませんでした。 「HTK-ADなら最終的に生える毛が増える」とは言えません。

Q. 73.81%ということは4人に3人は植毛が失敗したのですか?

違います。73.81%は、3,000グラフト以上の症例で「術後の移植毛脱落が起きた患者の割合」として抄録に示された数字です。最終生着失敗率ではありません。

Q. リンゲル液だと95%が生着しなかったのですか?

違います。95%は術後脱落の発生率であり、最終生着率ではありません。最終生着率は2群で差がなかったと報告されています。

Q. 「術後脱落」はショックロスと同じですか?

完全に同じ言葉として扱わない方がよいです。この研究ではpostsurgical graft shedding、つまり移植グラフト由来の術後脱落を扱っています。一般にショックロスという言葉は周囲の既存毛の一時的脱毛も含めて使われることがあります。

Q. 3,000グラフト未満なら保存液は関係ないのですか?

そうは言えません。公開抄録で明確な発生率差が示されているのが3,000グラフト以上の症例というだけで、3,000未満では保存環境が不要という意味ではありません。

Q. 95%CIはどれくらいですか?

PubMed抄録には95%CIが記載されておらず、3,000グラフト以上サブグループの各群分母も確認できないため、本記事では独自推定していません。抄録で確認できる統計情報はP<0.05です。

Q. P<0.05なら効果は確実ですか?

確実とは言えません。P値は効果量の大きさや再現性、バイアス、外的妥当性を保証しません。特にサブグループ解析では、事前設定や多重比較の有無も重要です。

Q. HTK-ADは日本で承認された自毛植毛保存液ですか?

今回確認したPMDA情報では、HTK-ADを自毛植毛用の毛包保存液として国内承認された製品とは確認できませんでした。構成成分のATPやデフェロキサミンには国内承認医薬品がありますが、その承認効能は毛包保存ではありません。

Q. デフェロキサミンは危険な薬ですか?

国内では鉄キレート薬として承認され、特定の鉄過剰状態に使用される医薬品です。承認薬であることと、自毛植毛保存液への添加が国内承認用途であることは別です。論文の保存液については、その研究条件で評価する必要があります。

Q. 保存液を使わずに植毛することはありますか?

採取グラフトは乾燥や体外環境の影響を受けるため、実臨床では何らかの湿潤・保存管理が行われます。具体的な液や温度、交換方法は施設によって異なります。

Q. 一番いい保存液は何ですか?

現在の研究だけで、すべての術式・グラフト数・保存時間に共通する「唯一の最良保存液」を決めることはできません。比較試験はありますが、条件が異なり、最終生着率まで一貫して優れるかは未確立です。

Q. 保存液より生着率へ影響しそうなことは?

毛包損傷、乾燥、体外時間、植え込み時の圧挫、ドナー選択、密度設計、術後管理など多くの因子があります。保存液は重要な一要素ですが、単独で結果を決めるものではありません。

Q. 大量植毛ならHTK-ADを使う院を選ぶべきですか?

今回の研究は3,000グラフト以上で早期脱落に差を示していますが、最終生着率は同等でした。HTK-AD採用の有無だけで院を決めず、大量植毛時のグラフト管理全体、術者経験、ドナー計画、デザイン、フォロー体制を比較してください。

研究結果を患者向けに一言で言うと

このRCTの結果を過不足なく一言でまとめるなら、

「HTK-AD保存液は、特に3,000グラフト以上の大規模植毛で、術後早期の移植毛脱落を減らし、再発毛を早める可能性を示した。ただし最終生着率の上乗せは確認されなかった」

となります。

「新しい保存液で細胞が元気だった」という基礎的な所見と、「最終的に生えた本数が増えた」という臨床的な結論を混同しないことが重要です。

まとめ|保存液は重要だが、最終生着率を左右する唯一の要素ではない

2023年の240人無作為化比較臨床研究では、HTK-ADとリンゲル液が比較されました。

3,000グラフト以上の症例では、術後移植毛脱落の発生率が、

  • HTK-AD:73.81%
  • リンゲル液:95%

で、絶対差21.19ポイント、P<0.05と報告されています。[1]

さらにHTK-AD群では、脱落開始が遅い、脱落量が少ない、脱落期間が短い、再発毛開始が早い、患者満足度が高いといった結果が報告されました。

一方で、最終生着率には差がありませんでした。

また、95%信頼区間、サブグループの詳しい分母、合併症件数、ランダム化・盲検化の詳細、COI・研究資金情報などは、今回確認できたPubMed公開抄録だけでは十分に評価できません。

日本国内では、HTK-ADを自毛植毛用保存液として国内承認された製品とは今回のPMDA確認で確認できず、ATPやデフェロキサミンの国内承認医薬品も毛包保存を承認効能としているわけではありません。[3][4]

自毛植毛を比較するときは、保存液だけではなく、

  • ドナー計画
  • 採取時の毛包損傷
  • 体外時間と温度管理
  • 植え込み技術
  • 密度とデザイン
  • 術後フォロー

まで含めて確認しましょう。

参考文献・確認資料

  1. Zhou Y, Zhang J, Fan Z, Hu Z, Miao Y. Evaluation of a Novel Graft-Holding Solution in Hair Transplantation: A Randomized Controlled Clinical Study. Dermatol Surg. 2023;49(7):675-681. PMID: 37036372. DOI: 10.1097/DSS.0000000000003799.
  2. Hair transplantation graft preservation solution study. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2014. PMID: 25289284. PMCID: PMC4174110.
  3. PMDA. アデホス-Lコーワ注10mg/20mg/40mg 電子添文(アデノシン三リン酸二ナトリウム水和物).
  4. PMDA. デスフェラール注射用500mg 医療用医薬品情報(デフェロキサミンメシル酸塩).
  5. Raposio E, et al. Power boosting the grafts in hair transplantation surgery. Evaluation of a new storage medium. Dermatol Surg. 1998. PMID: 9865201.
  6. A Histological and Clinical Evaluation of Plasma as a Graft Holding Solution and Its Efficacy in Terms of Hair Growth and Graft Survival. PMID: 31602137.
  7. Naranjo García P, Pinto H. Photothermal Biomodulated Platelet-rich Plasma Improves Preservation of Hair Grafts and Extends Their Viability. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2025. PMID: 40353208.

※本記事は研究論文と公的資料に基づく一般的な医療情報です。自毛植毛は自由診療で、出血、腫脹、感染、毛嚢炎、しびれ、瘢痕、ショックロス、生着不良などのリスクがあります。具体的な術式・保存液・薬剤の使用は医療機関ごとに異なるため、実際の治療では担当医へ確認してください。

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